子宮内膜異形増殖症だって。

筋腫分娩から始まった闘病の全記録。

8月半ばの診察室で。

お盆が過ぎ8月のなかば。

両親と彼と4人でオペ前の説明を聞きに病院を受診。

いつもならば
予約の時間通りに呼ばれる事なんてないのに
オペの説明だからなのか大幅にずれ込むこともなく
診察室に通された。

診察室の入口に表示されたモニターの
ドクターの名前を確認。

“あー‥婦人科・産婦人科の中でいちばん偉い人だね”

救急の時にも担当医としてお世話になったドクターだった。



ぞろぞろと診察室に入ると
ドクターが『お待たせしました』と迎えいれてくれた。
まさかの人数に看護師サンがパイプイスを出してくれて
全員でドクターの一挙一動に注目。

それを見てか
ドクターが『総出ですね』と優しく笑う。
『あ、はい‥なぜか』と、わたし。



ドクターがパソコンと術前検査の結果をみながら話し出す。

『この間、術前検査してもらいましたが
特に問題もないようですので今日は手術の説明をします』

いよいよだ。
覚悟はしてきた。

もうやるしかない。

前にも言われたような事を改めて皆で聞く。

『ポリープは良性なので
その後で子宮の内膜を掻き出して組織を検査します
前よりも内膜が厚くなってるのが気になるので
その結果が出る頃にまた外来で来てもらいます』

麻酔の方法
オペ後、退院になるまでの流れを一通り聞いて
わたしは意外と平常心で
椅子に座ったままドクターを見ていた。

『何か心配な事とか不安な事はありますか』

‥何もかもである。

だけど
どこか他人事みたいに
わたしは首を横に振った。

その時
隣に座った彼の右手が
わたしの背中をさすった。

“?”

彼の顔を見るのと同時位に
彼がドクターに話しかけた。

『下半身麻酔が不安だって言ってるんですが
大丈夫でしょうか』

『まあこればっかりは個人差があって
痛くない人もいたりしますけど
押し込まれる感じはすると思います
体をまるく体育座りをして横になる感じで
そこで麻酔科の先生が腰に注射していきます』

『痛み止めの最初のところが
痛みとしてはいちばん痛いですかねー。
それが終わってしまえば後は痺れてるだけで
そのうちに手術は終わります』

それを聞いた彼が
『大丈夫かなぁ‥』とわたしを見た。

希望。

術前検査が終わったのは夕方。

車に乗り込んで窓を全開。
こもった熱を出す。

きっと予定通り
9月にオペになるだろう。

ママに電話。

『どうだった?』
スマホ見てたの?って位すぐに繋がった。

『うん、ポリープだった。良性だって。』
『良性‼良かったね!!』
『でもオペは変わらないよ、取らなきゃ。』
『そうだね‥頑張ろうね?』
『‥うん。』

そう。
頑張らなきゃ。

腰の麻酔はめっちゃ怖いけど
死ぬかもしれないと思ってたんだもん
それに比べたらたいした事じゃない。

きっと
ポリープが取れて
子宮の組織も異常なくて
不正出血と貧血から解放される。

大好きなひとり旅も
大好きなテニスも
大好きな温泉も
また楽しめるようになる。

ここを乗り切れば
普通の生活が送れるんだって
この時のわたしは思っていた。

終わりが見えない不安。

言い知れぬ恐怖と不安の中
先生の話はまだ続き
『それで、掻き出してきた組織を検査して
その状態によって、今後の治療方針を考えて行きましょう』
『‥はい』
『まずは出てきてるものを取ってからです』
『わかりました』

“掻き出す”って
それも怖いんだけど‥。

今回の手術は
“治療”ではなくて
ある意味“検査”のようなものなんだ。

結果によってはその先も治療が続くかも知れない。

‥終わりが見えない。



いっその事
緊急入院した時に言われたように
“子宮全摘”をしてしまった方が
1度で済むのか‥‥‥。



そんな事も頭をよぎる。



『手術の日程を押さえたいんですけど
今、空いているのが9月上旬なんですが
どうしましょう?』
『一応、家族の予定もあるので
確定とは言えないんですけど
‥‥‥早い方がいいですよね、やっぱり』
『もちろんです‼』

ですよねー‥。
分かってますよ、自分なりに。

『手術の説明の日に決めるって事で大丈夫ですか?』
『大丈夫です。今、一番早くて5日ですねー』
『だったら一応、9月5日で家族に話してみます』

先生はパソコンに入力しながら
看護師に指示を出している。

あーーー。
もういっぱいいっぱいだ。
思考がぐちゃぐちゃ。

そんなわたしにとどめをさすみたいに
先生は口走る。

『それで今日なんですが
時間があれば術前の検査をしてもらいたいんですが』
『え?今日?これからですか?』
『あ、もし今日が無理なら他の日に
また検査の日を決めて来ていただけば大丈夫ですよ』
『わかりました、今日検査していきます』
『では説明を看護師から聞いて検査お願いしますね』
『はい』

別の部屋に促されて
何から考えていいのか分からないまま
看護師からの説明を受ける。

下半身麻酔の恐怖。

『それで手術の方法なんですけど
下半身麻酔ですることになります。』

『下半身麻酔って‥‥‥‥腰に麻酔するやつですか?』

怖い‼
注射とか本当に嫌いなのに!!

内心
ひと思いに全麻でやって欲しいとすら願う。

『そうですね、最初に痛み止めを入れて
その後で麻酔を入れます。』

『‥‥痛いと‥‥‥よく聞きますけど‥‥‥』

『うーん‥。人によって‥ですねぇ‥』

『‥‥‥‥‥‥‥‥。』



断ると言う選択肢がない事は分かっていても
“恐怖”が込み上げて
たった数分の事がとても長い時間に思えた。

天国と地獄。

ちょうど3週間後。
わたしは婦人科の待合室にいた。

番号をアナウンスされるまでの時間は
案外冷静に座っていられた。

手にボイスレコーダーを握りしめて。

アナウンスがあったのは予約の時間を約1時間半程過ぎた頃。

ボイスレコーダーをON。
深呼吸を2回したのを覚えてる。

『失礼します』
『はーい、お待たせしましたー』

この日の担当医も3週間前と同じ女医さんだった。

椅子に座ると先生が話し出す。

『この間の組織の検査の結果ですね。
結果は良性の子宮内膜ポリープでした』
『良性?』
息をするのを数秒忘れたかも知れない程
先生を見ていた。

『良性だから一安心なんだけど
このポリープもこのままにしておく訳にはいかないし
前に入院したときみたいに
勝手にちぎれる事はないから。
根っこがしっかりしてると思うので
手術で取る事になるんだけど』
『‥手術ですか‥』
『前にも言った通り
子宮の内膜が前よりも厚くなってるので
そこの組織を検査したいんだけど
今は筋腫分娩してるので子宮の中に器具が入らなくて
検査が出来ないのね』
『はい』
『だから手術の時に筋腫を取って、同時に子宮の内膜を
掻き出してその組織の検査をしたいんです』
『‥‥‥そうなんですか‥』

安心したと同時に何だか怖い話。

しっかり聞かなくちゃいけないのに
気持ちが保てなくて無意識に相槌を打っていた。

きっぱり、やめた事。

とにかくこの3週間は
ひとりでいたくなくて
夜以外はほぼ
誰かと一緒にいた。

皆には感謝しかない。

そしてネットでの検索をやめた。

無駄に恐怖を感じるだけだって知ったから。

わたしは、わたし。

誰かの症状や状況が全て同じではない。

何度も何度も打った
“筋腫分娩”
“子宮がん”
“余命”

もう見ない。

ほんの少しの覚悟をしたばかり。
ほんの少しの準備をしはじめたばかり。

ちょっとだけ強くなれた気もした。
だから惑わされない。

結果によっては
みっともない自分を晒すかも知れない。

もしかしたら
案外
吹っ切れて
残りの時間を楽しく暮らす計画を
立てるかも知れない。



こればっかりは結果次第。

死ぬかも知れない恐怖と3週間の始まり。

『きっと大丈夫!!』
『考えすぎは良くないよ』
『病は気から!!』

みんなはそんな風に励ましてはくれる。

でもそれを“無責任だな”と思ってしまう自分を
どうすることも出来ずに数日を過ごした。

TVを観ていても芸能人が亡くなったりするニュースは
決して他人事とは思えなかった。

異常な程に過敏になる。

ただそれも1週間を越えたあたりで
疲れてきたのか麻痺してきたのか
わたしも少し前向きになれて
もし“癌”で“死ぬかも知れない”なら
いろいろとやることがあるなって思いはじめた。

“終活”

すぐに死ぬとかではなく
“いずれ”に備えておいた方がいい。
いつかは必ず訪れるのだから。

そんな現実を意識できる今だから
やらなきゃいけないと思った。

何をはじめたらいいのかを具体的にノートに書き出す。

生命保険の証書の内容の確認。
部屋の掃除。
アルバムの整理。
ぬいぐるみ達の祈祷をする寺院の検索。
昔から書いている日記の処分方法。
通帳・印鑑類の保管場所。
葬儀の事。
家族や彼や友達への手紙。
感謝の言葉とお別れの言葉。
棺に入れて欲しい物。

書き出しながら
なぜか涙が止まらなかった。